□■10周年を迎えるにあたり■

萬器は、今年2004年で10周年を迎えました。

ひとえに皆様のご支援のお陰です。ありがとうございます。

器という生活道具を通じて、

「手に入れたものにふれた時に、満ち足りた一瞬があることを伝えたい‥‥」

萬器は、そんな思いからはじめました。

あれから10年。

振り返ってみると、器選びは大きく変化したと思います。

使いやすさだけを追求するのではなく、“私らしさ”や“置き換えのきかない魅力をもつもの”。

そんな位置づけに変わりつつあります。

これからも、ライフスタイルに合わせてどんどんと変わっていくことでしょう。

皆様の感性や個性を満たす器揃えに、これからも邁進したいと思います。

どうぞ末永くお付き合いくださいますよう、心よりお願い申し上げます。

 

うつわ 萬器

店主 久保田 真弓

 

 

 

平松 洋子(ひらまつ ようこ)

エッセイスト。フードジャーナリスト。

日本国内はもとよりアジア各国を取材しながら、風土が培った食文化を取材・執筆。暮らしの基本である食文化と、“暮らしの楽しさ”を与えてくれる台所道具を見つめ直し、精力的な執筆活動を続ける。

著書に『平松洋子のカジュアルに骨董を楽しむ暮らし』(主婦の友社)、『おいしいごはんのためならば』(ブックマン社)、『アジアのごはんがおいしい理由』(メディアファクトリー)、『アジアの美味しい道具たち』(晶文社)などがある

日本だけでなく、さまざまな国の食文化を取材に出かける平松さん。

雑誌で“食”にまつわる特集が組まれれば、平松さんのコメントを見かけないものがないほどの人気です。

特に、アジアの料理や食文化に焦点をあてた記事は、単に“食を取り上げる”という域を越え、その土地土地の風土が年月をかけて培った文化と暮らしとの関わりに着眼点をおいていらっしゃいます。日常的に食卓づくりにかかわっている私たちですから、つい目にとまってしまいます。幅の広い、多くのファンを持つ平松さんの魅力です。

そんな平松さんに、今回は食文化と切っても切れない縁の器について、ご講演をお願いいたしました。

 

平松さんのお話は、器と地域文化のつながりの深さのことから始まりました。

特に、韓国の食器や食作法の話は、アジアに造詣の深い平松さんならでは。

「韓国の匙箸を“スヂョ”といいます。匙(さじ=スッカラ)と箸(はし=チョッカラ)です。特にスッカラは平べったい独特の形をしています。西洋のスプーンとはまったく違う形。なぜか。

それはスッカラが、スープだけではなく、ご飯を食べる時にも使う道具だからです。西洋のスプーンはスープを飲む、液体を流し入れるための道具。食作法や文化の違いが長い年月をかけて作った、それぞれの道具の形です。」

さらに韓国での食作法について。

「食器は手に持たず、そのままスッカラで食べるのが礼儀とされています。お茶碗を手に持って食べるのはタブー。

韓国では、古くから優れた鉄文化が発達し、重々しさを好む儒教も影響して、重くて、持ち上げるのも大変な器が好まれました。鍮器(ユギ)など真鍮の食器は、熱いご飯を入れると素手では持てないほど。自然 に、持ちやすさよりもいかに安定しているかが、よい食器選びのポイントとなります。重くてどっしりとしていて、底が広い安定感のある器が韓国に多いのは 、そのため。道具の形には、土地土地の文化がはぐくんだ必然性があります。ここがおもしろい。」

そういえば、韓国のチョッカラとかスッカラの長さ。日本の作法で使うと、ちょっと長いように感じていました。器を手を持たず膳に置いて食べる食文化で育った、道具の故あるフォルムなのでしょうか。

なぁるほど。。。ぼんやり使っていた器には、その土地の気候や風土、文化が大きく影響していいるのですね。日本の陶磁器の産地にみるそれぞれの個性や風合いは、もっとその土地がもつ文化に根ざしたところにあるのかも。そう思うと、これから器を見る眼も変わってくるように思います。

当日は開場と同時に満席に。

 

 
 

さて昨今、“食”に対する関心が高まっています。

食べ物そのものに対する危機感や強いこだわりだけではありません。

無頓着に続けている食習慣の見直しやスローフードへの傾向。食卓を囲むことの意義など。

本や雑誌での特集では、“食”にまつわるさまざまなことに触れる楽しさをテーマにしているように思います。 その延長に、器の特集がファッションのように組まれるようになりました。

「今、白い器に人気が集まっています。」と平松さん。

「まず、白い器はごまかしが効かない。食材や料理の質そのものが顕わになるので、例えば料理人にとっては、非常に恐い色の器だといえます。社会的に食べ物 に対して敏感になっていることも、白い器がよく取り上げられる背景になっているのかもしれません。

一方で、和食器を扱う店主から、白い器、つまり粉引きを購入して使った後、客からクレームや問い合わせが多いとよく聞くことがあります。シミができた、 食べ物の色がうつった。、ヒビがあった‥‥。基本的な陶器の知識や扱いさえ知っていれば、何も問題にならないはずのことが増えているように思います。

同じような話は、漆になるともっと深刻。

漆の器を電子レンジにかけた、食器洗浄器に入れたら剥げた‥‥‥。

漆の正しい扱い方が、理解されていないのですね。漆を使う上で大切なことのひとつは、洗った後に拭きあげること。それを続けた漆は、別人のような風情に育っていくことを、ぜひ知って欲しいと思います。」

なるほど。

手にとり、使い、手入れをしてみて、わかっていくことがあります。

磁器や洋食器だけでは得ることのできない白い和食器、つまり粉引きの質感は、同時にそれなりの配慮や手入れを要するもの。使い慣れている人に当たり前の基本的な器の知識や習慣は、世代によって、確かに乏しくなってきました。

ヒビと見えた貫入(かんにゅう)を自分で育てる目をもてるようになるにも、使い続けていかなければわかりません。

餃子作りを教えようと平松さんが「麺棒を持参するように。」と言ったら、疑いなく“綿棒”を連想する人が現れてびっくりとか。日常で使ったことがない、生活に根付いていない道具は、わからない。当然 、扱い方もわからない。私たちの中には本当に浸透していかない。

文化が廃れる早さを、改めて考えさせられました。身近な出来事になると、余計にハッとさせられます。

 

萬器でも人気の白い器

(安藤雅信氏のデルフト皿)

 

「だから、日頃から器に触れ、器を使い、器を手入れする経験が大切。」と平松さんは、おっしゃいます。ご家庭では1人娘のお母さん。作ったお料理に合う器選びは、お嬢さんの役割と決められてから幾年月。毎日毎日続けてこられたその習慣は、すっかり成人されたお嬢さんに根づいているご様子。

「日本人ほど器に対する繊細な感性を持っている民族はいないのではないでしょうか。たとえば“寄せ向”のように、ひとつの膳の中に景色を見立て、それを楽しむ主体が個人や使い手にある文化などは、他のどの国の文化にもありません。

器を通して、料理・季節・趣向を無意識にコーディネートする感性。

それは、、日々繰り返される日常動作の連環の中で紡がれてきた財産です。まるで、薄紙を積み重ねるのに似ていると思います。

器使いを楽しんで、そしてその器文化の大切さを、ぜひ次の世代に継いでゆきたいものです。」


「器は、生活文化に根ざした道具」と、平松さんはおっしゃいます。

生活にスピードや効率のよさを求められる今、ライフスタイルが欧米化・利便性重視の傾向にシフトし始め、道具である器に対する志向も変わってきました。その一方で、器を扱う生活体験が乏しくなりつつあり、器に対する理解度や生活文化そのものが貧弱になることも避けられません。

器を用い、愛でて、大切にすることの意味を考えるよい機会となりました。

できた料理を器に盛る。工夫してみる。大切にする‥‥

今、やっていることは、次の世代が食卓づくりを始める頃に気づかされる、小さな取り組みなのかもしれません。

写真・文=石井 資子